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HDLコレステロールを上げるCETP阻害剤は動脈硬化を予防しない

コレステリルエステル転送蛋白(CETP)は、HDLからLDLやVLDLへコレステロールを転送する働きをもっています。この働きを抑えるCETP阻害薬はHDLコレステロール(HDLc)を増加させます。

これまで2種類のCETP阻害薬が検討され、良くない結果が得られています。トルセトラピブはHDLcを70%増加させ、LDLcを25%低下させましたが、死亡と心血管系リスクが増加しました(開発中止)。高血圧やアルドステロン増加という副作用が良くなかったと結論されています。ダルセトラピブはHDLcを30%増加させましたが、心血管系リスクは減少しませんでした。この薬も効果がなかったために開発が中止されました。

3番目のCETP阻害薬はエヴァセトラピブです。この薬の成績が最近発表されましたので紹介します(NEJM 2017)。対象は心血管系疾患のハイリスク集団、12,092人です。主要評価項目は、「心血管死亡と、心筋梗塞、脳卒中、冠動脈血行再建術、不安定狭心症による入院」を併せた複合イベントです。エヴァセトラピブ130mgあるいは偽薬を飲んでもらいました。

エヴァセトラピブはLDLcを31.1%低下させ、HDLcを133.2%増加させました(偽薬ではそれぞれ6.0%増加、1.6%増加)。脂質に関してはとても優秀な成績です。しかし心血管系イベント抑制効果は認められませんでした。26ヶ月観察して複合イベントは、エヴァセトラピブ群で12.9%、偽薬群で12.8%起こり、リスク比は1.01(0.91-1.11)でした。このため、エヴァセトラピブ試験は途中で中止されました。

我が国でCETPが働かないCETP欠損症が発見されています。この人たちはHDLcが非常に高い(ホモ接合体で 150―250mg/dl)のですが、心筋梗塞が減っていません。「CETP阻害剤が心血管系イベントを抑制する」という発想は最初から無理があったかもしれませんが、実際のお薬でも予防しないことがはっきり示されました。


平成29年6月21日


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新しいCETP阻害剤が「心血管系イベントの複合ポイントの抑制に効果がある」と発表されました。メルク社のアナセプトラピブで、まだ会社発表の段階です。50歳以上の心血管系疾患ハイリスク集団30,000人が対象で、二重盲検法で4年間観察しています。詳しいことは今年8月のヨーロッパ心臓学会で発表されるそうです。これまでのCETP阻害剤とどこが違うのでしょうね。


平成29年6月29日

HDLコレステロール濃度って、どこまであてになる?

HDLコレステロール(HDLc)はリポ蛋白HDLにくっついて血液中を流れているコレステロールです。LDLコレステロールと流れる向きが逆で、末梢から肝臓に運ばれます。 HDLcはいわゆる「善玉コレステロール」と言われ、HDLc濃度の高い人は動脈硬化が少なく、低い人は動脈硬化が多くなるとされてきました。 

最近、「HDLc濃度は高い方が良い」という単純な考えが揺らいでいます。それはHDLc濃度を増加させる薬が動脈硬化予防に失敗しているからです。たとえば持続型ナイアシン製剤です。中性脂肪を減らしHDLc濃度を増加させる薬ですが、この薬をシンバスタチン(LDLコレステロールを強力に下げる薬)を服用している人たちに飲んでもらいました。そうするとHDLc濃度は確かにあがるのですが、動脈硬化は予防できませんでした(NEJM 2011)。同じような報告がいくつかあります。内皮リパーゼ遺伝子Lipgを欠失させてHDLcを増加させたApoEノックアウトマウスも、同じように動脈硬化が予防されませんでした。

統計解析の問題も上げられています。一般の集団でHDLc濃度の影響をみようとすると交絡因子(見かけ上の関連をもたらす外部因子)の影響をどうしても避けることができません。たとえば要因AがHDLc濃度に影響し、かつ動脈硬化予防に働くと仮定します。そうするとHDLc濃度に動脈硬化を予防する効果がなくても、HDLc濃度と動脈硬化予防が関連していると統計処理されます(見かけ上の関連)。この要因Aが交絡因子です。

交絡因子の影響を避ける方法のひとつに、メンデルランダム化法があります。この方法は、HDLc濃度に影響を与える遺伝子多形を求め、その多形群間で動脈硬化を比較します。年齢、性別だけでなく、住環境、栄養環境、喫煙、飲酒などの後天的因子までひっくるめてランダム化され、交絡因子を考えなくて済みます。そしてメンデルランダム化法を用いた研究では、HDLc濃度は動脈硬化予防に関与していませんでした(Lancet2012)。

そうすればHDLの何が良いのでしょうか。最近注目されているのはHDLのコレステロール引き抜き能です。末梢から肝臓へコレステロールを転送するときの最初の”かなめ”になる反応で、これが最も大切なようです。単なる濃度より、「しっかり働いている機能」が正解のようです。


平成29年6月16日

2%の差は大きいか小さいか (32.7% 対 34.7%)

コレステロールの高い人のための薬にゼチーア(エゼミチブ)という薬があります。ゼチーアは小腸に働き、コレステロールの吸収を抑えます。その結果 血中コレステロールが下がりますが、動脈硬化を抑える作用は実証されませんでした。2008年に発表されたENHANCE試験です(ENHANCE試験ではシンバスタチンとの合剤 ビトリンが使われました: シンバスタチンとビトリンを比較)。

製薬会社は効果がなかったことを隠して大きく宣伝し、売り上げを伸ばしました。2007年の米国ではビトリンの直接宣伝費(消費者への直接宣伝)だけで2億ドルが使われ、50億ドルの売り上げがありました。やがて隠していることがばれて社会問題に発展し、ENHANCE試験は製薬会社と無関係の第3者によって解析され、医学雑誌に発表されました(NEJM 2008)。 

2015年にImprove-It試験が発表されました(NEJM 2015)。この試験はシンバスタチンにゼチーアを上乗せしてその効果を観察した研究で、観察期間が平均7年、対象は急性冠症候群後の患者18,144人(平均年齢64歳)です。Improve-It試験ではゼチーアの上乗せ効果が認められ、ゼチーアが動脈硬化を抑えることが実証されました。ただ主要評価項目の絶対差がわずか2%(32.7% 対 34.7%)でした。

これまでFDA(米国食品医薬局)はゼチーアにコレステロールを下げる効果しか認めていませんでした。製薬会社は、ゼチーアに有意な効果が認められたので「心血管系疾患を抑える効果」をFDAに申請しました。FDAはこの申請を却下しました。臨床的にインパクトがないという理由です。リスクの低下は心筋梗塞と脳梗塞の低下でもたらされたものであり、全死亡が下がっていないことも問題視されました。対象が急性冠症候群後の患者であり、安定期にある患者ではもっと差が小さくなるだろうことも指摘されました。

NEJM(2016)に統計の読み方の論文が掲載されました。その中で、統計学的に有意であっても臨床的な意義に乏しい研究として Improve-It試験が紹介されています。2%の差は統計学的には0-4%(95%信頼区間)のどこかであり、余分にかかる薬剤費や起こり得る副作用に見合わないと結論づけています。

最近シンバスタチンよりコレステロール低下作用の強いピタバスタチンを服用している患者にゼチーアの上乗せ効果を検討した成績の発表がありました。HIJ-PROPER試験です。まだ学会発表段階でこれから試験が続きますが、3.9年経過では有意差がありませんでした(32.8% 対 36.9%)。この試験の面白いところは、コレステロール吸収のマーカーであるシトステロールを測定していることです。ゼチーアの上乗せ効果はコレステロール吸収能で大きく変わります。シトステロールが2.2μg/ml未満の人ではゼチーアは効果がありませんでしたが、シトステロールが高い人では29%の相対リスク低減がありました。

ゼチーアはもしかすると、コレステロール吸収の強い人に良い薬かもしれません。しかしシトステロールは保険収載の検査でなく、欧米でも一般的検査でありません。コレステロール吸収の強い人を判別できない現状では、目の前の患者さんに対して効くかもしれないし、効かないかもしれない薬のようです。


平成28年9月23日

米国のEPA製剤

日本では以前からEPA製剤が発売されていますが、これは米国の話題です(EPA:エイコサペンタエン酸、 ω3系統の多価不飽和脂肪酸、高脂血症の薬です)。


米国FDAは昨年7月にEPA製剤を高度(中性脂肪が500mg/dl超)の高中性脂肪血症の治療に認可しました。認可したEPA製剤はアイルランドのアマリン社が製造する半合成EPA製剤です。同社は中等度(中性脂肪が200-499mg/dl)の高中性脂肪血症にも使えるよう、適応の拡大を申請しましたが、FDAは圧倒的多数でこれを否決しました。

FDAの見解は、「中性脂肪を下げることは間違いない。しかし、心血管系イベントが実際に抑制されるかデータがない。従って、今回の認可を拒否する」です。


スタチン系薬剤でコレステロールを十分に下げてしまうと、たとえば高中性脂肪血症の薬であるフィブラート系薬剤やナイアシンは際立った効果が示されなくなってしまいます。そのため新薬の承認に最終エンドポイントを用いた評価が必要と考えたのです。米国の承認審査は厳しいですね。

日本ではJELIS試験という研究があり、その研究ではEPA製剤で主要心血管イベント(MACE)が2割減少しています(3.5%→2.8%)。この数字を高いとみるか、低いとみるかは人によって異なるかもしれません。(JELISで使われた製剤はエパデール、エパデールSです)。アマリン社でも同様の成績が出ることを期待します。


平成25年10月25日

JELIS試験がFDAで考慮されなかった理由
ですが、オープンラベル試験であること(厳格な試験でない)、併用されているスタチンが低用量であること(不十分)。この2点がJELIS試験低評価の理由のようです(NEJM 2014)

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