動脈硬化のリスク因子~高lipoprotein(a)血症
動脈硬化性疾患(心筋梗塞など)のリスク因子に高LDLコレステロール血症があります。遠藤先生・山本先生によってスタチン製剤が開発され(NEJM 1981)、コレステロールを下げる治療ができるようになりました。余談になりますが、私のポリクリ(外来実習)の最初の先生が山本先生です。
スタチンによってLDLコレステロールを下げることができるようになったのですが、それでも動脈硬化リスクが残っていました。心筋梗塞を起こした人のLDLコレステロールは必ずしも高くなく、コレステロールパラドックスと呼ばれていました。LDLコレステロール以外の動脈硬化リスク因子が想定され、それを調べていく中で生まれたのが、「シンドロームX」の考え方です。「シンドロームX」は、インスリン抵抗性を基盤とする病態の概念です。他に「シンドロームX」と呼ばれる別疾患があることから名前にメタボリックが追加され、さらにXが消えて、「メタボリックシンドローム」と呼ばれるようになりました。
松沢先生によってメタボリックシンドロームを起こしてくる原因に「内臓脂肪の蓄積」があることが示され、内臓脂肪蓄積が諸悪の根源とみなされるようになりました。メタボリックシンドロームでは複数の動脈硬化リスク因子がそろってやってくることが特徴で、単純に動脈硬化リスク因子を並べたものでありません。ですから、その診断にLDLコレステロールは入っていません。
高LDLコレステロール血症、メタボリックシンドローム以外にも動脈硬化リスク因子があります。その一つが高リポ蛋白(a)血症です。リポ蛋白(a)(lipoprotein(a) 、略称lp(a))はアポリポ蛋白Bに結合するリポ蛋白で、酸化されたリン脂質の運搬に関わっています。lp(a)濃度は主に遺伝で決まり、あまり調節を受けていません。治療薬がないからでしょうか、1963年発見と歴史は長いのですが、あまり測られることがありません。
最近、lp(a)を下げる薬の開発が進んでいます。mRNAを抑制する新しいタイプの薬(核酸医薬品)です。ペラカーソンはアンチセンス・オリゴヌクレオチド(標的遺伝子のmRNAに結合してその発現を阻害)、オルパシランとレポディシランは低分子干渉RNA(二本鎖RNAで、完全に相補的な配列をもつmRNAを標的として対合し、その発現を阻害)です。
今回はレポディシランの成績を紹介します(NEJM 2026)。対象は、lp(a) 253.9nmol/l以上の320人です。レポディシランは効果が半年間持続します。0日目と180日目にレポディシランをそれぞれ16mg、96mg、400mgを投与する群、0日目に400mg、180日目に偽薬を投与する群、ともに偽薬を投与する群に無作為に割り付け、皮下注射しました。
60-180日の偽薬調整後のlp(a)変化率はレポディシラン16mg、96mg、400mg、偽薬(プラセーボ)でそれぞれ -40.8、-75.2、-93.9%でした。30-360日の偽薬調整後lp(a)変化率はレポディシラン16mg、96mg、400mg-偽薬、400mg-400mgでそれぞれ -41.2、-77.2、-88.5、-94.8%でした。レポディシランの効果は他の類似薬と比べて同等でした。
lp(a)を抑制して実際に動脈硬化性疾患が減少するか、興味が持たれます。上に述べた3つの薬が長期臨床治験中で、最も早いので2026年に治験が終了します。良い結果を期待します。
令和7年6月24日
オルフォグリプロンの第3相治験
オルフォグリプロンの第3相治験が終了し、その結果が4月17日付でリリー社のホームページに掲載されました。
オルフォグリプロンは経口のGLP1受容体作動薬です。同様の薬にノボ社のリベルサスがありますが、リベルサスと違って飲む時の制約(空腹時に飲む、30分は飲食不可)がありません。1日1回服用の薬です。中外製薬が発見しました。
服用期間は40週で、治療前の平均HbA1c、平均体重は8.0%、90.2kgでした。オルフォグリプロンは3、12、36mgが使われました。偽薬(プラセーボ)と比較して、HbA1c低下の有効性推定値はそれぞれ1.3、1.6、1.5%(偽薬群 0.1%)でした。体重減少の有効性推定値はそれぞれ4.4kg(4.7%)、5.5kg(6.1%)、7.3kg(7.9%)(偽薬群 1.3kg)でした。体重減少は治験終了時でまだ続いていて、さらに下がる可能性があります。
最も多くみられた有害事象は消化器系で、これはGLP1受容体作動薬に共通しています。下痢は、3、12、36mg 投与群でそれぞれ 19%、21%、26%(偽薬群 9%)でした。吐き気はそれぞれ13%、18%、16%(偽薬群 2%)、嘔吐はそれぞれ 5%、7%、14%(偽薬群 1%)でした。下痢が多い印象がいあります。有害事象による治療中止は、それぞれ6%、4%、8%(1%)でした。肝機能に関する安全性の問題は認められませんでした。
肥満治療薬としては今年末、糖尿病薬としては来年に世界各国で申請予定とのことです。
令和7年4月23日
味覚、この不思議なるもの2
砂糖とスクラロース(人工甘味料)は舌では区別できません。しかし生体はこの2つを区別し、スクラロースより砂糖を好みます。不思議なことに味覚を失わせたマウスでも砂糖の方を好みます。その理由がなかなか分からなかったのですが、腸がこの2つを感じ分けていることが分かってきました(Nature Neruoscience 2022)。主役は前回紹介した腸神経足細胞です。
砂糖はブドウ糖と果糖に分解されます。(1) ブドウ糖はSGLT1(ナトリウム・ブドウ糖共輸送担体1)を通って神経足細胞に入り、代謝されて神経足細胞を興奮させます。(2) ブドウ糖とスクラロースは細胞表面にある甘味受容体に作用して神経足細胞を興奮させます。刺激反応の仕組みは、細胞ごとに違っていて、54%の神経足細胞はブドウ糖のみ、15%の神経足細胞はスクラロースのみ、31%の神経足細胞はどちらの刺激でも細胞が興奮します。
神経足細胞が興奮すると、瞬時にシナプスを介して迷走神経に信号が伝わります。神経伝達物質は、(1) 代謝刺激ではグルタミン酸、(2) 甘味受容体刺激ではATPが使われます。共培養しますと、44%はブドウ糖のみ、22%はスクラロースのみ、33%は両者の刺激でシナプス後電流が観測されました。
十二指腸を刺激した時の迷走神経節細胞の興奮を検討しました。迷走神経節細胞の41%はブドウ糖刺激のみ、22%はスクラロース刺激のみに反応があり、33%はどちらの刺激にも反応がありませんでした。つまりブドウ糖とスクラロースは異なる伝達物質を使い、別々の迷走神経節細胞に刺激を伝えていました。またグルタミンによるシナプス刺激を十二指腸で抑えると、砂糖への好みが消失しました。
砂糖は神経足細胞で代謝され、グルタミン酸を介して脳に刺激を伝達します。スクラロースにはこの経路がありません。砂糖への好みが生じる仕組みは、「グルタミン酸を介する迷走神経神経興奮で脳が条件付けされる」ことと考えられました。
一粒で2度おいしい、というアーモンドグリコの宣伝があります。「アーモンドとキャラメルの旨さ」が本来の意味ですが、「舌でおいしさを味わい、腸でもう一度おいしさを味わう」。2度おいしいのはアーモンドが入ってなくても本当のようです。
令和7年3月4日
味覚、この不思議なるもの1
まず一般的な味覚について説明します(NEJM2024)。基本となる味は5つあり、甘味,苦味,塩味,酸味,うま味です。舌にある味蕾で味を感じていますが、味蕾の味細胞は I型,II型,III型の3種類があります(IV型は前駆細胞です)。
甘味,苦味,うま味を感じるII型細胞は味覚受容体(TAS1Rが甘味とうまみ、TAS2Rが苦味を感じます)が刺激されるとCALHM1(calcium homeostasis modulator 1)を介してATPを細胞外に放出します。塩味を感じる II型細胞はENac(上皮Naチャネル)を通ってNaが細胞内に入ると、同様にCALHM1を介してATPを放出します。ATPが味覚を伝える物質で、味神経の終末に信号を伝えます。。I型細胞はII型細胞から放出されたATPを分解する役目を持っています。酸味を感じるIII型細胞は、古典的な神経伝達構造のシナプスを持っています。
味蕾の味細胞は味を感じているだけではありません。腸ホルモン(コレシストキニン、GLP1、グレリン、ペプチドYY、VIP)、膵島ホルモン(グルカゴン、インスリン)、それに中枢神経で産生されるホルモン(ニューロペプチドY、VIP)を産生しています。それぞれのホルモンが味蕾で何をしているか、よく分かっていません。マウスでは味蕾の神経細胞にGLP1受容体があり、GLP1受容体が活性化されると甘味感覚が影響を受けることが報告されています。
味は全身の臓器で感じています。味覚受容体TAS1R(甘味、うまみ)は舌だけでなく、腸、脳、膵臓、膀胱、骨、脂肪組織、気道上皮、骨格筋、精巣などの組織に存在します。味覚受容体TAS2R(苦味)は、喉頭、腸、脳、免疫細胞、呼吸器系、泌尿生殖器系などにも存在します。 TAS2RはTAS1R3やα-gustducinと共に精巣にも存在します。
舌以外の味覚でよく研究されているのが腸の味覚です。2018年に腸神経足細胞(腸上皮にある内分泌細胞のひとつです)が発見されました(Science 2018)。これまで知られていた腸の内分泌細胞はホルモンを介してゆっくりと信号を伝えていましたが、この細胞は迷走神経(第10脳神経)とシナプスで直接つながっていて素早い信号伝達が可能です。神経足細胞をブドウ糖刺激しますと、直ちにその信号が脳に伝わり、報酬系が刺激されます。
キリンホールディングス株式会社の研究ですが、熟成ホップは腸神経足細胞の苦味受容体を介して迷走神経を刺激し,信号が脳に伝わって認知機能と気分状態を改善,体脂肪を低減するそうです(化学と生物 2024)。ビール会社らしい研究ですが、ホップのおいしさは喉越しだけではないんですね。
令和7年2月28日