経口PCSK9阻害剤の開発
PCSK9(proprotein convertase subtilisin/kexin type 9)蛋白が肝臓のLDL受容体(LDLR)に結合するとLDLRの分解が促進します。PCSK9蛋白の働きを阻害すると、肝細胞のLDL受容体が増加し、⾎中LDLコレステロール(LDLc)が大きく低下します。PCSK9阻害薬は難治性高LDLc血症の治療薬として開発されました。
現在2種類のPCSK9阻害薬:ヒト抗モノクローナル抗体薬(レパーサ皮下注140mg:24,302円)とPCSK9低分子干渉リボ核酸(siRNA)治療薬(レクビオ皮下注300mg:394,758円)が使われています。どちらも注射薬です。とても高価で、使うには「PCSK9阻害薬適正使⽤に関する指針」を守る必要があり、簡単には使えません。米国でも同様で、PCSK9阻害薬を処方したことがある医師は、高脂血症薬を処方した医師の9.2%に過ぎず、また処方医師の36.8%は1回しか処方したことがなく、処方回数の中央値はわずか2人でした(J Am Heart Assoc 2025)。
こういう背景のもと、PSCK阻害剤の飲み薬(エンリシチド)の第3相治験結果が発表されました(NEJM2026)。対象は動脈硬化性疾患のあるLDLc55mg/dl以上の人、あるいは中程度以上に動脈硬化性疾患リスクの高いLDLc70mg/dl以上の人です。エンリシチド投与前の平均LDLcは 96.1mg/dlですから、無茶苦茶LDLcが高い人ではありません。1,935人に実薬、969人に偽薬を投与しました。24週後のLDLcの変動は 実薬群 -57.1%(-61.8〜-52.5)、偽薬群 3%(0.9〜5.1)でした。52週でも同様で、他の動脈硬化リスク指標(non-HDLc、アポ蛋白B)も大きく低下していました。安全性は特に問題ないようです。
注射薬と同等の効果がある飲み薬が開発されるのは良いことです。気軽に使える価格だとさらに良いのですが、どうでしょうね。
令和8年3月19日
動脈硬化のリスク因子~高lipoprotein(a)血症
動脈硬化性疾患(心筋梗塞など)のリスク因子に高LDLコレステロール血症があります。遠藤先生・山本先生によってスタチン製剤が開発され(NEJM 1981)、コレステロールを下げる治療ができるようになりました。余談になりますが、私のポリクリ(外来実習)の最初の先生が山本先生です。
スタチンによってLDLコレステロールを下げることができるようになったのですが、それでも動脈硬化リスクが残っていました。心筋梗塞を起こした人のLDLコレステロールは必ずしも高くなく、コレステロールパラドックスと呼ばれていました。LDLコレステロール以外の動脈硬化リスク因子が想定され、それを調べていく中で生まれたのが、「シンドロームX」の考え方です。「シンドロームX」は、インスリン抵抗性を基盤とする病態の概念です。他に「シンドロームX」と呼ばれる別疾患があることから名前にメタボリックが追加され、さらにXが消えて、「メタボリックシンドローム」と呼ばれるようになりました。
松沢先生によってメタボリックシンドロームを起こしてくる原因に「内臓脂肪の蓄積」があることが示され、内臓脂肪蓄積が諸悪の根源とみなされるようになりました。メタボリックシンドロームでは複数の動脈硬化リスク因子がそろってやってくることが特徴で、単純に動脈硬化リスク因子を並べたものでありません。ですから、その診断にLDLコレステロールは入っていません。
高LDLコレステロール血症、メタボリックシンドローム以外にも動脈硬化リスク因子があります。その一つが高リポ蛋白(a)血症です。リポ蛋白(a)(lipoprotein(a) 、略称lp(a))はアポリポ蛋白Bに結合するリポ蛋白で、酸化されたリン脂質の運搬に関わっています。lp(a)濃度は主に遺伝で決まり、あまり調節を受けていません。治療薬がないからでしょうか、1963年発見と歴史は長いのですが、あまり測られることがありません。
最近、lp(a)を下げる薬の開発が進んでいます。mRNAを抑制する新しいタイプの薬(核酸医薬品)です。ペラカーソンはアンチセンス・オリゴヌクレオチド(標的遺伝子のmRNAに結合してその発現を阻害)、オルパシランとレポディシランは低分子干渉RNA(二本鎖RNAで、完全に相補的な配列をもつmRNAを標的として対合し、その発現を阻害)です。
今回はレポディシランの成績を紹介します(NEJM 2026)。対象は、lp(a) 253.9nmol/l以上の320人です。レポディシランは効果が半年間持続します。0日目と180日目にレポディシランをそれぞれ16mg、96mg、400mgを投与する群、0日目に400mg、180日目に偽薬を投与する群、ともに偽薬を投与する群に無作為に割り付け、皮下注射しました。
60-180日の偽薬調整後のlp(a)変化率はレポディシラン16mg、96mg、400mg、偽薬(プラセーボ)でそれぞれ -40.8、-75.2、-93.9%でした。30-360日の偽薬調整後lp(a)変化率はレポディシラン16mg、96mg、400mg-偽薬、400mg-400mgでそれぞれ -41.2、-77.2、-88.5、-94.8%でした。レポディシランの効果は他の類似薬と比べて同等でした。
lp(a)を抑制して実際に動脈硬化性疾患が減少するか、興味が持たれます。上に述べた3つの薬が長期臨床治験中で、最も早いので2026年に治験が終了します。良い結果を期待します。
令和7年6月24日
HDLコレステロールを上げる治療法
HDLコレステロールが高いと動脈硬化が少なくなります。疫学研究ではいつもこの結果が得られ、HDLコレステロールは善玉コレステロールと呼ばれてきました(注:悪玉コレステロールはLDLコレステロールです)。運動するとHDLコレステロールが上がり、喫煙するとHDLコレステロールが下がります。運動で動脈硬化が抑制され、喫煙で促進されますが、この説明にHDLコレステロールの変動が使われてきました。
しかし薬を飲んでHDLコレステロールを上げても、動脈硬化は予防できません。いろいろ研究されましたが、みな失敗しました。疫学研究から予想される結果と異なることから、HDLコレステロールパラドックスと呼ばれています。
最近、新たな試みとしてHDLの働きを高める研究が行われました(NEJM 2024)。HDLはコレステロールを末梢から肝へと転送します。肝から末梢に流れるのと逆の動きで、逆転送と呼ばれます。このHDLの働きは、HDLの主要蛋白であるアポリポ蛋白A1が担っています。実際にヒト血漿由来アポリポ蛋白A1(CSL112)をヒトに6g静注しますと、アポリポ蛋白A1濃度が倍に上昇し、コレステロールの逆転送が4倍にあがります。
研究では急性心筋梗塞を起こした人を対象に、発症5日以内から毎週1回4週にわたってCSL112を静注しました。人数はCSL112群 9,112人、偽薬(プラセーボ)群 9,107人です。90日まで経過観察し、主要心血管疾患(心筋梗塞の再発、脳卒中、心血管死)の発症を検討しました。気になる結果ですが、主要心血管疾患はCSL112群で439人、偽薬群で472人に起こりました。残念なことに両群間で発症に差がありませんでした。
今回の研究からもHDLコレステロールを増やす薬物治療はあまり意味がなさそうです。
令和6年9月6日
4秒の運動
前日に運動すると食後の中性脂肪代謝が亢進します。1日5000歩以上歩かないとその効果が出ないのですが、わずか4秒の全力運動を数時間おきにするだけで、同じ効果が出るそうです。
今回は運動による食後中性脂肪代謝亢進の論文(Amer Coll Sports Med 2022)を紹介します。
まず「運動すると食後の中性脂肪代謝が亢進する」ことについてです。どのくらい運動すれば脂肪代謝が亢進するかを検討しました。
はじめに全員が同じ運動量で2日間運動して条件を整えています。それから歩数を変えて(標準、中間、低の3群)2日間運動し、その翌日に検査しました。検査法ですが、脂肪の多い食事を食べてもらい、食後6時間までの中性脂肪面積(血清濃度x時間)と脂肪酸化量を検討しました。
標準群の運動量は8,481±581歩/日でした。運動量の少ない2,675±314歩/日の群と4,759±276歩/日の群は、標準群と比べて脂肪代謝が減少していました:食後中性脂肪面積が22-23%高くなり、脂肪酸化が16-19%低くなっていました。
次は4秒運動の成績です。8時間ずっと座り続けてもらいました。座っている間に4秒の全力サイクリング運動を5回してもらいました。翌日に食後脂肪代謝を座りっぱなしの群と比べました。
4秒x5回運動の群は対照群と比べて、食後の中性脂肪面積が31%低下し、脂肪酸化が43%増加しました。なぜ4秒なのかですが、「出来る限り短い運動」ということで4秒を選んだそうです。
次はトレーニング効果の検討です。強い運動を続けると「食後中性脂肪代謝」はさらに増加します。9日間16,048歩(高運動群)、あるいは4,767歩(低運動群)歩いてもらいました。これは毎日の運動です。
低運動群はトレーニング前後で「食後中性脂肪代謝」に変わりがありませんでした。高運動群では、トレーニング前と比べて食後の中性脂肪面積が31%低下、脂肪酸化が21%増加していました。トレーニング効果を示す良い結果ですが、毎日16,000歩はちょっときついかもしれませんね。
令和5年9月16日